LLブックの意義と展望

LLブックとは、知的障がいのある人や母語を異にする人など読むことが苦手な人のために、読みやすいように工夫して作られた本のことです。やさしめにわかりやすく書かれた文章、絵記号(ピクトグラム)、イラスト、写真などを使って作られています。50年ほど前にスウェーデンで生まれたLLブックの考え方は、今では世界中に広がっています。日本でも、徐々に作品が増えはじめています。

LLブックの意義と歩み

LLブックのLLとは、スウェーデン語のLättläst(やさしくてわかりやすい)の略です。つまり、LLブックは、"やさしくてわかりやすい本"という意味になります。ただし、"やさしくてわかりやすい本"といっても、乳幼児や小学生くらいまでの子どもを対象とした本ではありません。知的障がいや母語を異にするなどのために読むことに困難を伴いがちな中学生以上の青年(ヤングアダルト層)や成人を対象に、生活年齢にあった内容の本を提供しようというのがLLブックのコンセプトになります。
LLブックには、必ずしも決まったスタイルがあるわけではありません。ただし、(1)やさしめでわかりやすく書かれた文章、(2)文章の意味を示す絵記号(ピクトグラム)、(3)イラストや写真からなるLLブックが比較的多く、スタンダードなスタイルといえるでしょう。ほかにも、写真だけで作られたLLブック、スマートフォンなどをかざすと音声読み上げしてくれる音声コードを付けたLLブックなど、そのスタイルは多様です。
今から50年ほど前に、北欧のスウェーデンで始まったLLブックは、現在では世界中のさまざまな国々に広がっています。英語圏では、"easy-to-read" や "easy-to-understand" とも呼ばれています。障害のある人もない人と平等に暮らしていける社会を実現しようというノーマライゼーションの考え方を推進するためには、障害のある人の「知る権利」が障害のない人と平等に保障されなければなりません。知的障がいのある人の場合、"やさしくてわかりやすい"形での情報提供がなされなければ、「知る権利」を実質的に保障したことにはなりません。そこで始まったのがLLブックの出版だったのです。スウェーデンでは、いまや、本だけでなく、LL新聞も発行されています。

LLブックのいまとこれから

日本でのLLブックの普及と研究に取り組む第一人者は、大和大学教授の藤澤和子さんです。藤澤さんの尽力により、日本でも2000年代に入ると、いくつかの出版社からLLブックが出版されるようになりました。
ただし、現在でもタイトルやシリーズ名などにLLブックを明示している本は、市販と非売(公共図書館などに無償頒布)をあわせても20タイトルに過ぎません(2017年3月現在)。もちろん、LLブックという明示はないものの、内容の面でLLブックに相当するような作品も存在します。しかし、それも、市販と非売あわせて60タイトル程度です。そのうちの3分の1は、すでに絶版になっており、現在入手は困難な状態となっています。

LLブックの写真LLブックの写真

一般の出版社が採算をとりながら、良質なLLブックの出版をどう促進していくのかが課題です。また、LLブックの作品の質をどのように保障するのかという課題もあります。LLブックは"やさしくてわかりやすい本"であるはずなのに、そうでない作品がLLブックと称して出版されることは避けなければなりません。出版社、作家、当事者団体などが、LLブックの監修や普及を協力して行う自主的な組織を立ち上げ、検討を深めていくというのも一案でしょう。
2016年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行され、障がい者への「合理的配慮」の提供が行政機関等に義務づけられました。知的障がいのある人にとって、LLブックは情報面における「合理的配慮」の1つに他なりません。また、知的障がいのある人のほかにも、高齢化やグローバル化の進展とともにLLブックを必要としている人は増え続けています。

LLブックへのニーズは、今後ますます高まっていくことは間違いありません。このニーズにどう応えていくのかが、いま出版界に問われています。

(専修大学文学部教授 野口武悟)

【文献】

  • 野口武悟・小貫智晴「「LLブック」の普及をめざして:専修大学文学部野口ゼミの取り組み」『こどもの図書館』63巻10号、2016年、p.6-9
  • 野口武悟・藤澤和子「日本におけるLLブック出版の現状と展望」『日本出版学会2016年度秋季研究発表会予稿集』、2016年、p.8-13
  • 藤澤和子・服部敦司編著『LLブックを届ける:やさしく読める本を知的障害・自閉症のある読者へ』読書工房、2009年