LLブック出版事始め
2017年08月04日
1.LLブックを初めて知る
司書養成課程に向けたテキストや参考書を出版している関係で,図書館情報学が専門の先生方や図書館現場で働く職員の方々とよくお目にかかります。
2013年の春だったと記憶しています。大阪出張の折,ある大学の先生から初めて「LLブック」ということばを伺い,『はつ恋』と題する電子書籍版(試作版)1をタブレット端末で見せていただきました。紙媒体と電子媒体の質的違いからか,画面上での展開ではそのコンセプトがすぐに理解できませんでした。しかし,その時,知的障害者,学習障害者,失語症や自閉症の人など,一般的に読むことが困難な人たちにも読みやすくわかりやすい本をLLブックと呼ぶこと,LLとはスウェーデン語のLättlästの略語であること,LLブックにはさまざまな種類があることなど,多くの学びがありました。
次の大阪出張の機会には,ある大学図書館職員の方から紙媒体版のLLブック『わたしのかぞく』(試作版)2を見せていただきました。この本を手に取った時,見開きの片側は白紙という独特の形式でしたが,一つひとつの面白いショートストーリーを,文字を使わずに写真だけで構成した4コマ漫画風写真集であることがわかりました。障害者向けといっても,これはだれが見ても面白い内容だと思いました。同時に,LLブックの読者対象には,子どもや高齢者,読書になじみのない人,日本に移住した外国人なども入り,とても間口が広い媒体だと想像できました。
2.LLブックについて学習する
その『わたしのかぞく』を知ってから,LLブックのことが頭から離れなくなりました。いろいろ調べてみると,日本では出版流通に乗って市販されている(書店で購入できる)LLブックは翻訳書以外とても少なく,楽しむためのオリジナルものはほとんど出版されていないことがわかりました。また,ウェブサイト上で,本場スウェーデンのLLブック出版事情にあたってみると,実にさまざまな種類のLLブックが存在していました。
これもまた大阪出張の折なのですが,運よくスウェーデンで出版されたLLブックの現物を見る機会に恵まれました。実写によるユーモアたっぷりの写真集で,起承転結が明確ないくつかのストーリーに分かれ,必ずオチがありました。あまりに感心したので,後日,所有していらっしゃる先生からお借りして,テーマ選び,編集,印刷・製本等の視点から研究材料として何度も目を通した記憶があります。そして,装丁や本文デザイン等も含め,一書としての総合的な完成度の高さに驚きました。
そのころ,小社では図書館のアクセシビリティに関する企画がもちあがり,LLブックもその対象になることがわかりました。また,2016年4月から「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行され,行政機関等には障害者への「合理的配慮」の提供が義務化されるとのこと,これで全国の公立図書館でもLLブックへの関心が高まっていくと予想されました。
3.LLブックの出版を決意する
こうしてLLブックを知れば知るほど,大変魅力のある,これからますます必要とされる媒体であることを確信しました。その内容は,絵やイラストがたくさん使われているもの,写真だけのもの,何段階かにレベルを設定した文章だけのものなど,多様性に満ちています。利活用のしかた次第でポテンシャルが引き出されていくと思われます。
2014年になって,『わたしのかぞく』を企画・編集した方々から,新版として流通ルートに乗せる出版ができないものかと打診を受けました。願ってもないチャンスと喜んだ反面,懸念材料も瞬時に浮かびあがりました。
まずは制作コストです。内容構成や写真撮影の段取り等の制作工程は自分なりに把握しましたが,スウェーデン版を見てしまいましたので,どこまで完成度を上げられるかが問題となります。それには多くの専門家との共同作業が必要となり,時間と経費がかかります。どうやったら資金が調達できるのか……。
次の関門は流通です。絵本でも写真集でもない独特の内容です。取次や書店でLLブックの認知度はほとんどありません。よって仕入部数や置き場所にも困ります。現時点で読者層は限られています。どうやってPRしていくか,必要とする人たちに届けられるか,図書館での購入はどれくらい期待できるのか……。
厳しい出版環境の中,意義のある仕事ながらもなかなか利潤を期待できない企画について決断を迫られ,思案に暮れていたところに吉報が届きました。関係者の方々の努力によってかなりの資金調達が可能となったのです。それは,今回の出版企画に対し,公益財団法人みずほ福祉助成財団より助成金をいただけるというものでした。根気よく細かい申請書類を作成していただいたことに敬服いたしました。
そこで,今度は私の出番だと意を決しました。大きな二つ難題のうちの一つが解決したわけですから,これからの試行錯誤は覚悟のうえ,新企画としてLLブック『わたしのかぞく』の出版をお引き受けした次第です。
注記
司書養成課程に向けたテキストや参考書を出版している関係で,図書館情報学が専門の先生方や図書館現場で働く職員の方々とよくお目にかかります。
2013年の春だったと記憶しています。大阪出張の折,ある大学の先生から初めて「LLブック」ということばを伺い,『はつ恋』と題する電子書籍版(試作版)1をタブレット端末で見せていただきました。紙媒体と電子媒体の質的違いからか,画面上での展開ではそのコンセプトがすぐに理解できませんでした。しかし,その時,知的障害者,学習障害者,失語症や自閉症の人など,一般的に読むことが困難な人たちにも読みやすくわかりやすい本をLLブックと呼ぶこと,LLとはスウェーデン語のLättlästの略語であること,LLブックにはさまざまな種類があることなど,多くの学びがありました。
次の大阪出張の機会には,ある大学図書館職員の方から紙媒体版のLLブック『わたしのかぞく』(試作版)2を見せていただきました。この本を手に取った時,見開きの片側は白紙という独特の形式でしたが,一つひとつの面白いショートストーリーを,文字を使わずに写真だけで構成した4コマ漫画風写真集であることがわかりました。障害者向けといっても,これはだれが見ても面白い内容だと思いました。同時に,LLブックの読者対象には,子どもや高齢者,読書になじみのない人,日本に移住した外国人なども入り,とても間口が広い媒体だと想像できました。
2.LLブックについて学習する
その『わたしのかぞく』を知ってから,LLブックのことが頭から離れなくなりました。いろいろ調べてみると,日本では出版流通に乗って市販されている(書店で購入できる)LLブックは翻訳書以外とても少なく,楽しむためのオリジナルものはほとんど出版されていないことがわかりました。また,ウェブサイト上で,本場スウェーデンのLLブック出版事情にあたってみると,実にさまざまな種類のLLブックが存在していました。
これもまた大阪出張の折なのですが,運よくスウェーデンで出版されたLLブックの現物を見る機会に恵まれました。実写によるユーモアたっぷりの写真集で,起承転結が明確ないくつかのストーリーに分かれ,必ずオチがありました。あまりに感心したので,後日,所有していらっしゃる先生からお借りして,テーマ選び,編集,印刷・製本等の視点から研究材料として何度も目を通した記憶があります。そして,装丁や本文デザイン等も含め,一書としての総合的な完成度の高さに驚きました。
そのころ,小社では図書館のアクセシビリティに関する企画がもちあがり,LLブックもその対象になることがわかりました。また,2016年4月から「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行され,行政機関等には障害者への「合理的配慮」の提供が義務化されるとのこと,これで全国の公立図書館でもLLブックへの関心が高まっていくと予想されました。
3.LLブックの出版を決意する
こうしてLLブックを知れば知るほど,大変魅力のある,これからますます必要とされる媒体であることを確信しました。その内容は,絵やイラストがたくさん使われているもの,写真だけのもの,何段階かにレベルを設定した文章だけのものなど,多様性に満ちています。利活用のしかた次第でポテンシャルが引き出されていくと思われます。
2014年になって,『わたしのかぞく』を企画・編集した方々から,新版として流通ルートに乗せる出版ができないものかと打診を受けました。願ってもないチャンスと喜んだ反面,懸念材料も瞬時に浮かびあがりました。
まずは制作コストです。内容構成や写真撮影の段取り等の制作工程は自分なりに把握しましたが,スウェーデン版を見てしまいましたので,どこまで完成度を上げられるかが問題となります。それには多くの専門家との共同作業が必要となり,時間と経費がかかります。どうやったら資金が調達できるのか……。
次の関門は流通です。絵本でも写真集でもない独特の内容です。取次や書店でLLブックの認知度はほとんどありません。よって仕入部数や置き場所にも困ります。現時点で読者層は限られています。どうやってPRしていくか,必要とする人たちに届けられるか,図書館での購入はどれくらい期待できるのか……。
厳しい出版環境の中,意義のある仕事ながらもなかなか利潤を期待できない企画について決断を迫られ,思案に暮れていたところに吉報が届きました。関係者の方々の努力によってかなりの資金調達が可能となったのです。それは,今回の出版企画に対し,公益財団法人みずほ福祉助成財団より助成金をいただけるというものでした。根気よく細かい申請書類を作成していただいたことに敬服いたしました。
そこで,今度は私の出番だと意を決しました。大きな二つ難題のうちの一つが解決したわけですから,これからの試行錯誤は覚悟のうえ,新企画としてLLブック『わたしのかぞく』の出版をお引き受けした次第です。
つづく
注記
1:藤澤和子,川﨑千加,多賀谷津也子,清水絵里香 企画・監修.はつ恋.藤澤和子<日本コミュニケーション障害学会助成金>,2012,http://ir-lib.wilmina.ac.jp/dspace/bitstream/10775/2421/1/LLBook.pdf,(参照2017-07-17).
2:藤澤和子,多賀谷津也子,川﨑千加 企画・編集.わたしのかぞく.LLブック(やさしく読める本)制作グループ<伊藤忠記念財団子ども文庫助成事業助成金>,2014.