<連載> LLブックとの出会い (1回~2回)
2018年02月08日
contents
(1)はじめに
「私とLLブック」というテーマで連載の企画をいただいてから、いつの頃からLLブックに魅了され、今までどのようなことをしてきたのかと、あらためて記憶をたどってみました。気持ちが高揚する出来事がいくつも思い出されるとともに、思うようにならなかった記憶もいくつか残っています。そのような私のLLブックにまつわる出来事を、書いてみたいと思います。それは、私的なことではありますが、日本でのLLブック普及の経過の一端を示すことになれば、幸いです。
(2)スウェーデンでLLブックを知る
私は、知的障害や自閉症、脳性まひ等の障害によって話すことが難しい人々が、コミュニケーション手段として使用するためにカナダで開発されたPICシンボル(シンボルはピクトグラム、絵記号とも呼ばれる)の日本版※1)を作る研究と実践を、1990年頃から始めていました。手話が手指の動きで伝えるように、シンボルはことばの意味を絵で描いた単語を指さして伝えます。例えば、「本を読む」は、「本」「読む」のシンボルを指さして伝えます。
PICシンボルは、スウェーデンで発展していたので、1996年に、スウェーデンの施設や学校を訪問し、シンボルが実際に利用されている現場を視察しました。そこで、絵や写真が多く使われている本を見かけました。絵本のように絵がたくさん使われているけれど、子ども向きの絵本ではない、はじめて目にする本でした。これは、LLブックと言って障害のある人たちが読む本だと説明を受けました。こんな本があるんだと、とても興味をもちました。障害のある人のための本があることと、見やすいレイアウトに驚きました。
(3)LL協会への訪問
翌年、早速LLブックを制作し出版しているLL協会を訪問しました。LL協会は、ストックホルムにあり、スウェーデンの読書や情報保障の先頭に立つ組織です。企画、制作、編集、広報等のそれぞれの専門家で構成されていました。理事のブロール・トロンバッケさんからLL協会の活動についてお話を聞いて、LLブックや8SIDER(わかりやすく書かれたLL新聞)等の出版物を見せていただきました。LL協会は、国家予算と出版物の利益を財源に活動し、年間30冊ほどのLLブックを出版していました。さらに、政府から出される公共の情報をわかりやすくリライトする仕事や、代読等を通じて本を当事者に届ける朗読代理人の育成も担っていました。
ブロール・トロンバッケさんは、IFLA(国際図書連盟)から発行された『読みやすい図書のためのIFLA指針 』(1997)の筆者でもありました。これは、LLブック等の読みやすい図書の必要性と定義、主要な対象グループを示したはじめての出版物と言えるでしょう。スウェーデンのLLブックには、著名な作家の本が珍しくありません。LLブックの著書をもつことが、ステータスになっているのかもしれません。写真だけで調理方法を説明する料理の本や、知的障害者が主人公の恋愛の本、ダウン症の人の生活を描いた本、自然の草木、詩や美術の本等があり、文字がある本には、文字に添えて鮮明な写真や絵が使われていました。また、表紙が厚く、頑丈で上質な紙を使った完成度の高い本でした。1冊ずつがとても個性的でセンスが良いことに感心しました。見せていただいた多くのLLブックの中から、スウェーデンのPICシンボルを使った本を見つけました。これが、後に翻訳本として日本に紹介した『山頂にむかって』『リーサのたのしい一日―乗りものサービスのバスがくる』でした。
(4)翻訳を通してLLブックを学ぶ
LL協会を訪問して間もないころに、『北欧の知的障害者―思想・政策と日常生活』※2)の翻訳の機会を得ました。分担章が、『書きことばの世界への参加』というタイトルで、スウェーデンにおける読書や情報保障の取り組みの中心を担ってきたLLブックの発展の経過が、綴られていました。とても関心があったので、夢中で訳したことを覚えています。
スウェーデンでは、1960年代から提唱されたノーマライゼーションの考え方に基づいて、すべての人が読書の機会をもつことは、民主主義や正義、平等思想を実現するために重要な課題であり、それを実現するためにLLブックの制作が開始されたと、明記されていました。司書や障害者団体から要求があがり、政府が重要性を認めて、教育庁と障害者団体、特別支援教育、教材制作等の専門家でLLグループが構成されました。成人の知的障害者を主な対象に、読みやすくわかりやすい文学を創作することが目的とされました。作家、芸術家、教育者、司書、編集者、読書グループの代表と密接な関係をもって、様々なジャンルの質の高いLLブックが出版されていきました。しかし、それだけではLLブックが普及しなかったという現実が書かれていました。良質のLLブックが制作されましたが、知的障害者に届かなかったのです。施設等で彼らに直接関わる人たちが、彼らが本を読むことに関心が薄く、読書が保障される生活ではなかったのです。原因が究明され、1990年以降は、出版と同時に、知的障害者が読書して余暇が過ごせるような生活環境への改善と、施設などの指導員を対象に、利用者に本を届けるための教育的指導が合わせて行われてきました。私は、この翻訳を通して、LLブックは、本の制作と福祉と教育が統合して、平等な社会の実現を目指す総合的な活動であることを認識しました。
LL協会で、いろいろなLLブックを見せていただいた中に、ピクトグラム(以後ピクトと省略)のついた本が2冊ありました。
1冊は、『山頂にむかって』というタイトルで、11名の知的障害のある人たちが、スウェーデンの北部にある高い山に登るお話、もう1冊は『リーサのたのしい一日:乗りものサービスのバスがくる』というタイトルで、20歳代の二分脊椎の女性の日常生活を描いたお話でした。障害のある人たちを主人公にして、彼らの実際の生活がドキュメンタリー的に描かれていました。
どちらの作品も、文字と写真とピクトがついていて、読者が理解できる方法で読めるように配慮されていることに感銘を受けました。文字が読める人は、文字を読み、読めない人は写真やピクトで内容が理解できるように作られていました。また、描かれていた彼らの生活も新鮮でした。
(2)ピクトグラムの使いかた
ピクトは、もともとは発話を補助し代替するコミュニケーション手段として使われています。必要なピクトを集めて貼ったコミュニケーションボードを作り、伝えたいことばを表すピクトを指さして伝えます。LLブックには、文字の理解を補助し代替するために使われます。
この2冊では、1ページの要約がピクトで表記されています。例えば、朝起きて朝食を食べ、今日の予定を表すピクトのカードが机にならんでいる様子が写るページの下には、[あさ][たべる]と[さらをあらう][シャワー][ミニバス][ディセンター]のピクトが並んでいます。文章が読めなくても、写真とピクトがあれば、だいたいを理解できます。 また、文字ではない特徴を活かした面白い使いかたもできます。例えば、下にピクトで示すように、バスが渋滞に巻き込まれた状態を表すときに、[くるま][ミニバス][くるま]、2泊3日は、[ひる][ひる][ひる][よる][よる]というピクトで表現されています。(ピクトはスウェーデンのPICシンボル※で、ピクトプリントVER.3.0からの出典です)
ピクトは文字よりは理解しやすい手段ですが、万能ではありません。絵柄や意味自体が難しいピクトもあります。また、並んだピクトが文章や要約を表すことがわからない人もいますので、ピクトを指さしながら、いっしょに本を読むことも大切だと思います。
(3)ありのままに描かれた障害者たち
『山頂にむかって』では、グループホームや一人住まいの人たちが、夏季休暇に山登りを計画します。いよいよ出発の日がやってきました。みんながわくわくしながら、汽車に乗り込みます。さあ、山小屋に着きました。出発の前日、食べ物や持ち物を、全員で分けて荷造りをしました。そこで、早くするようにと、リーダーから注意を受けた男性が、外へ飛び出しました。彼は怒った暗い表情で、一人煙草を吸っています。「ぼくはたくさんの人といっしょにいるのがたえられない。気分がいらいらして頭がいたくなる。」とつぶやきます。
『リーサのたのしい一日』の主人公リーサは、一人で歩くことができず、車いすを使って移動します。彼女は、一人暮らしをしています。一人で交通手段を利用することができない人の移動を手伝う乗り物サービスのバスで、毎日ディセンターへ仕事に出かけ、仲間とのサークル活動を楽しんでいます。恋人らしき彼もいるようです。普段は笑顔を見せている彼女ですが、仲間と別れてバスに乗り、ひとりになったとき、「仲間のみんなは自由にどこへでもいくことができます。乗りものサービスなしにでかけるのは、きっとすてきなことなのでしょう」と考えます。
山頂にむかった人たちやリーサは、楽しい生活の中にも、時には、自分の障害に落ち込んだり、怒ったり、さみしさを感じながら生きています。このような気持ちがありのままに描かれていることが、とても新鮮でした。なぜなら障害者は、がんばる人、愛される人として描かれることが多いからです。障害があってもなくても同じように生活の中でいろいろなことを感じて生きているというあたりまえのことが、障害者の話になるとなかなか表現されないように思います。今は、当事者が自分についての著書を出したり、NHK放送の『バリバラ』のように障害のあることを当事者がテーマにする番組が放映されるようになり、少しづつ変わってきましたが、まだ「障害者のがんばる姿から勇気をもらった」という健常者のコメントはよく聞かれます。この2冊は、人として感じるあたりまえのことを、淡々と描いているところにとても共感をもちました。
(4)出版に向かって
さて、翻訳してこの本を知ってもらいたいと思いましたが、ピクト付きのLLブックという当時では聞いたことも見たこともない本を出版しようとしてくださる会社は、すぐには見つかりませんでした。売れるかどうかわからないと思われる本は、なかなか世に出ませんでした。そのなかで、1社だけ「愛育社」が、OKを出してくださいました。愛育社は、葉祥明の絵本や映画の原作ノベライズシリーズなどを出版されている出版社です。障害や福祉関連の本はほとんどありませんが、ピクト付きの2冊には、興味をもってくださいました。
スウェーデン在住の友人である寺尾三郎さんに訳をお願いし、私はそれをわかりやすい文章と文字に直しました。日本語の文法に合わせてピクトの並び方を変え、翻訳の文章に合うように必要なピクトを追加,修正しました。そして、ベテランの編集者のお力添えをいただいて、とてもきれいなわかりやすいLLブックが2002年に誕生しました。
≪プロフィール≫
藤澤和子(ふじさわ かずこ)
大和大学保健医療学部総合リハビリテーション学科教授、博士(教育学)
専門は、言語・コミュニケーション障害学、発達心理学等。
話しことばのない人の補助代替コミュニケーション手段である視覚シンボルの開発と、
知的障害や自閉症の人のためのLLブックやわかりやすい情報保障などを研究テーマとしている。
「私とLLブック」というテーマで連載の企画をいただいてから、いつの頃からLLブックに魅了され、今までどのようなことをしてきたのかと、あらためて記憶をたどってみました。気持ちが高揚する出来事がいくつも思い出されるとともに、思うようにならなかった記憶もいくつか残っています。そのような私のLLブックにまつわる出来事を、書いてみたいと思います。それは、私的なことではありますが、日本でのLLブック普及の経過の一端を示すことになれば、幸いです。
(2)スウェーデンでLLブックを知る
私は、知的障害や自閉症、脳性まひ等の障害によって話すことが難しい人々が、コミュニケーション手段として使用するためにカナダで開発されたPICシンボル(シンボルはピクトグラム、絵記号とも呼ばれる)の日本版※1)を作る研究と実践を、1990年頃から始めていました。手話が手指の動きで伝えるように、シンボルはことばの意味を絵で描いた単語を指さして伝えます。例えば、「本を読む」は、「本」「読む」のシンボルを指さして伝えます。
PICシンボルは、スウェーデンで発展していたので、1996年に、スウェーデンの施設や学校を訪問し、シンボルが実際に利用されている現場を視察しました。そこで、絵や写真が多く使われている本を見かけました。絵本のように絵がたくさん使われているけれど、子ども向きの絵本ではない、はじめて目にする本でした。これは、LLブックと言って障害のある人たちが読む本だと説明を受けました。こんな本があるんだと、とても興味をもちました。障害のある人のための本があることと、見やすいレイアウトに驚きました。
(3)LL協会への訪問
翌年、早速LLブックを制作し出版しているLL協会を訪問しました。LL協会は、ストックホルムにあり、スウェーデンの読書や情報保障の先頭に立つ組織です。企画、制作、編集、広報等のそれぞれの専門家で構成されていました。理事のブロール・トロンバッケさんからLL協会の活動についてお話を聞いて、LLブックや8SIDER(わかりやすく書かれたLL新聞)等の出版物を見せていただきました。LL協会は、国家予算と出版物の利益を財源に活動し、年間30冊ほどのLLブックを出版していました。さらに、政府から出される公共の情報をわかりやすくリライトする仕事や、代読等を通じて本を当事者に届ける朗読代理人の育成も担っていました。
ブロール・トロンバッケさんは、IFLA(国際図書連盟)から発行された『読みやすい図書のためのIFLA指針 』(1997)の筆者でもありました。これは、LLブック等の読みやすい図書の必要性と定義、主要な対象グループを示したはじめての出版物と言えるでしょう。スウェーデンのLLブックには、著名な作家の本が珍しくありません。LLブックの著書をもつことが、ステータスになっているのかもしれません。写真だけで調理方法を説明する料理の本や、知的障害者が主人公の恋愛の本、ダウン症の人の生活を描いた本、自然の草木、詩や美術の本等があり、文字がある本には、文字に添えて鮮明な写真や絵が使われていました。また、表紙が厚く、頑丈で上質な紙を使った完成度の高い本でした。1冊ずつがとても個性的でセンスが良いことに感心しました。見せていただいた多くのLLブックの中から、スウェーデンのPICシンボルを使った本を見つけました。これが、後に翻訳本として日本に紹介した『山頂にむかって』『リーサのたのしい一日―乗りものサービスのバスがくる』でした。
(4)翻訳を通してLLブックを学ぶ
LL協会を訪問して間もないころに、『北欧の知的障害者―思想・政策と日常生活』※2)の翻訳の機会を得ました。分担章が、『書きことばの世界への参加』というタイトルで、スウェーデンにおける読書や情報保障の取り組みの中心を担ってきたLLブックの発展の経過が、綴られていました。とても関心があったので、夢中で訳したことを覚えています。
スウェーデンでは、1960年代から提唱されたノーマライゼーションの考え方に基づいて、すべての人が読書の機会をもつことは、民主主義や正義、平等思想を実現するために重要な課題であり、それを実現するためにLLブックの制作が開始されたと、明記されていました。司書や障害者団体から要求があがり、政府が重要性を認めて、教育庁と障害者団体、特別支援教育、教材制作等の専門家でLLグループが構成されました。成人の知的障害者を主な対象に、読みやすくわかりやすい文学を創作することが目的とされました。作家、芸術家、教育者、司書、編集者、読書グループの代表と密接な関係をもって、様々なジャンルの質の高いLLブックが出版されていきました。しかし、それだけではLLブックが普及しなかったという現実が書かれていました。良質のLLブックが制作されましたが、知的障害者に届かなかったのです。施設等で彼らに直接関わる人たちが、彼らが本を読むことに関心が薄く、読書が保障される生活ではなかったのです。原因が究明され、1990年以降は、出版と同時に、知的障害者が読書して余暇が過ごせるような生活環境への改善と、施設などの指導員を対象に、利用者に本を届けるための教育的指導が合わせて行われてきました。私は、この翻訳を通して、LLブックは、本の制作と福祉と教育が統合して、平等な社会の実現を目指す総合的な活動であることを認識しました。
つづく
※1 『視覚シンボルによるコミュニケーションー日本版PICシンボル』藤澤和子・井上智義・清水寛之・高橋雅延、ブレーン出版(1995)
※2 『北欧の知的障害者―思想・政策と日常生活』ヤン・テッセブロー、アンデシュ・グスタフソン、ギューリ・デューレンダール編、二文字理明監訳、青木書店(1999) 第9章『書きことばの世界への参加』シャシュテイン・ファルム著、藤澤和子訳(分担)
(1)ピクトグラム(シンボル)を付けた本と出会うLL協会で、いろいろなLLブックを見せていただいた中に、ピクトグラム(以後ピクトと省略)のついた本が2冊ありました。
1冊は、『山頂にむかって』というタイトルで、11名の知的障害のある人たちが、スウェーデンの北部にある高い山に登るお話、もう1冊は『リーサのたのしい一日:乗りものサービスのバスがくる』というタイトルで、20歳代の二分脊椎の女性の日常生活を描いたお話でした。障害のある人たちを主人公にして、彼らの実際の生活がドキュメンタリー的に描かれていました。
どちらの作品も、文字と写真とピクトがついていて、読者が理解できる方法で読めるように配慮されていることに感銘を受けました。文字が読める人は、文字を読み、読めない人は写真やピクトで内容が理解できるように作られていました。また、描かれていた彼らの生活も新鮮でした。
山頂にむかって | リーサのたのしい一日 |
ピクトは、もともとは発話を補助し代替するコミュニケーション手段として使われています。必要なピクトを集めて貼ったコミュニケーションボードを作り、伝えたいことばを表すピクトを指さして伝えます。LLブックには、文字の理解を補助し代替するために使われます。
この2冊では、1ページの要約がピクトで表記されています。例えば、朝起きて朝食を食べ、今日の予定を表すピクトのカードが机にならんでいる様子が写るページの下には、[あさ][たべる]と[さらをあらう][シャワー][ミニバス][ディセンター]のピクトが並んでいます。文章が読めなくても、写真とピクトがあれば、だいたいを理解できます。 また、文字ではない特徴を活かした面白い使いかたもできます。例えば、下にピクトで示すように、バスが渋滞に巻き込まれた状態を表すときに、[くるま][ミニバス][くるま]、2泊3日は、[ひる][ひる][ひる][よる][よる]というピクトで表現されています。(ピクトはスウェーデンのPICシンボル※で、ピクトプリントVER.3.0からの出典です)
ピクトは文字よりは理解しやすい手段ですが、万能ではありません。絵柄や意味自体が難しいピクトもあります。また、並んだピクトが文章や要約を表すことがわからない人もいますので、ピクトを指さしながら、いっしょに本を読むことも大切だと思います。
くるま | ミニバス | くるま | ひる | ひる | ひる | よる | よる |
『山頂にむかって』では、グループホームや一人住まいの人たちが、夏季休暇に山登りを計画します。いよいよ出発の日がやってきました。みんながわくわくしながら、汽車に乗り込みます。さあ、山小屋に着きました。出発の前日、食べ物や持ち物を、全員で分けて荷造りをしました。そこで、早くするようにと、リーダーから注意を受けた男性が、外へ飛び出しました。彼は怒った暗い表情で、一人煙草を吸っています。「ぼくはたくさんの人といっしょにいるのがたえられない。気分がいらいらして頭がいたくなる。」とつぶやきます。
『リーサのたのしい一日』の主人公リーサは、一人で歩くことができず、車いすを使って移動します。彼女は、一人暮らしをしています。一人で交通手段を利用することができない人の移動を手伝う乗り物サービスのバスで、毎日ディセンターへ仕事に出かけ、仲間とのサークル活動を楽しんでいます。恋人らしき彼もいるようです。普段は笑顔を見せている彼女ですが、仲間と別れてバスに乗り、ひとりになったとき、「仲間のみんなは自由にどこへでもいくことができます。乗りものサービスなしにでかけるのは、きっとすてきなことなのでしょう」と考えます。
山頂にむかった人たちやリーサは、楽しい生活の中にも、時には、自分の障害に落ち込んだり、怒ったり、さみしさを感じながら生きています。このような気持ちがありのままに描かれていることが、とても新鮮でした。なぜなら障害者は、がんばる人、愛される人として描かれることが多いからです。障害があってもなくても同じように生活の中でいろいろなことを感じて生きているというあたりまえのことが、障害者の話になるとなかなか表現されないように思います。今は、当事者が自分についての著書を出したり、NHK放送の『バリバラ』のように障害のあることを当事者がテーマにする番組が放映されるようになり、少しづつ変わってきましたが、まだ「障害者のがんばる姿から勇気をもらった」という健常者のコメントはよく聞かれます。この2冊は、人として感じるあたりまえのことを、淡々と描いているところにとても共感をもちました。
(4)出版に向かって
さて、翻訳してこの本を知ってもらいたいと思いましたが、ピクト付きのLLブックという当時では聞いたことも見たこともない本を出版しようとしてくださる会社は、すぐには見つかりませんでした。売れるかどうかわからないと思われる本は、なかなか世に出ませんでした。そのなかで、1社だけ「愛育社」が、OKを出してくださいました。愛育社は、葉祥明の絵本や映画の原作ノベライズシリーズなどを出版されている出版社です。障害や福祉関連の本はほとんどありませんが、ピクト付きの2冊には、興味をもってくださいました。
スウェーデン在住の友人である寺尾三郎さんに訳をお願いし、私はそれをわかりやすい文章と文字に直しました。日本語の文法に合わせてピクトの並び方を変え、翻訳の文章に合うように必要なピクトを追加,修正しました。そして、ベテランの編集者のお力添えをいただいて、とてもきれいなわかりやすいLLブックが2002年に誕生しました。
参考・引用文献
『山頂にむかって』De går mot fjällen.寺尾三郎訳.藤澤和子監修.愛育社.2002年
『リーサのたのしい一日:乗りものサービスのバスがくる』En lyckling dag med Lisa:Fäedtjänst-buss Kommer.寺尾三郎訳.藤澤和子監修.愛育社.2002年
ピクトプリントVER.3.0.藤澤和子・槇場政晴監修.コムフレンド.2015年
『山頂にむかって』De går mot fjällen.寺尾三郎訳.藤澤和子監修.愛育社.2002年
『リーサのたのしい一日:乗りものサービスのバスがくる』En lyckling dag med Lisa:Fäedtjänst-buss Kommer.寺尾三郎訳.藤澤和子監修.愛育社.2002年
ピクトプリントVER.3.0.藤澤和子・槇場政晴監修.コムフレンド.2015年
※Pictogram Ideogram Communication ©1980 Subhas C. Maharaj with additional symbols developed by SIH, Sweden and J-PIC, Japan
≪プロフィール≫
藤澤和子(ふじさわ かずこ)
大和大学保健医療学部総合リハビリテーション学科教授、博士(教育学)
専門は、言語・コミュニケーション障害学、発達心理学等。
話しことばのない人の補助代替コミュニケーション手段である視覚シンボルの開発と、
知的障害や自閉症の人のためのLLブックやわかりやすい情報保障などを研究テーマとしている。